2011年07月04日

『就活エリートの迷走』




『就活エリートの迷走』
豊田 義博
筑摩書房

読後の感想
ちょっと採用する側になりそうだったので、楽しく読めましたが、よく考えたら自分が関わるのは中途採用だったので余り関係在りませんでした。
とはいえ、面接で見える部分は相手の「非日常」で「主観」の部分であり、仕事に直接関わるのは「日常」で「客観」の力だというのは、非常に参考になりました。
つまり、面接でいい人だったけど仕事をしてみたらいまいち、というのは、見抜く側の視点がずれていたのであって、面接という採用方法が不適切なのだということなのです。

印象的なくだり

モチベーション理論の職務特性モデル(ハックマン・オルダム・モデル)では、以下の五つの要素がモチベーションを高めるとされている。
1.技能多様性=職務遂行に必要な技能のバラエティ
2.タスク完結性=業務全体への関与度
3.タスク重要性=職務の意義・価値の認識
4.自律性=職務遂行の自己裁量度
5.フィードバック=結果・成果の反響
(P038)。

キャリア・スタンスは多様で複雑な要素によって構成されてはいるが、大きく二つに分けられる。
ひとつは、キャリアや仕事に対する価値観や信念だ。自己成長、自分らしさを重視したり、自身のキャリア・ゴールを重視するような、自分がかくありたいという意向、事業内容・仕事内容やビジョン・理念、獲得できる給与や地位など入社する会社に望むもの、会社の風土や雰囲気、人間関係など要望するものなどによって構成される。キャリアや仕事に関する「アタマで考えること」と言い換えてもいいだろう。こうした価値観や信念のことを「キャリア観」と呼ぼう。
もうひとつは、キャリアや仕事に対峙していく上での適応の仕方だ。未知のものに関する関心や変化に対する受容性、担当する仕事に対する責任感や当事者意識、諦めずにやり遂げたいという欲求、未知のものに対してもやればできると思える自己への信頼や自分を受け入れてくれる他者や社会に対する信頼など
、さまざまな環境に適応しストレスを克服していく上で必要な姿勢だ。キャリアや仕事に関する「ココロで感じること」の領域だ。こうした適応性のことを、本書では「キャリア・アダプタビリティ」と呼んでいく(P044)。

今や、企業の大小問わず、ほとんどの会社がエントリーシートを事前提出書類として設定し、「やりたいこと」を問うている。そんなにたくさんの会社が「やりたいこと」を問う必要があるのだろうか?自立型人材を本当に望んでいるのだろうか?採用する人材が仮に100人だとしても、その100人すべてが自立型人材である必要性、必然性は本当にあるのだろうか?(P070)。

採用とは、ほしい人を採ることである。その人が、自社に興味を持っていなかったとしても、この人間は当社で活躍できるはずだと思う人であれば、口説き落としてでも入社させる、という性格のものである。それなのに、第一志望であるかどうかを問うのはいかがなものだろうか?(P115)。

面接に関するある試験的なリサーチの話である。構造化された面接をさまざまな被験者に行い、面接での判定結果と、テストなどで客観的に判定された被験者の能力との関係を比較したところ、対人能力の中のコミュニケーション能力についての見極めはできているが、対課題、対自己能力については十分には見極められない、という結果だったという(P123)。

日本のインターンシップの多くは、1-2週間程度の短期間であり、終業経験といいながらも社会見学のようなものであったり、研修スタイルで学生同士が何かをするというようなものであったりする。それはそれで、企業理解につながる内容なのだが、ほんものと作りものとは大違いなのだ。インターンシップは、実際に現場の仕事をやってみるからこそインターンシップなのだ。それを実現しないと、望むべき効果は得られない(P206)。

「◎人採った、上位大学から◎人採れた」という狩猟のような話ではなく、「◎年入社の◎人は、三年目を迎え、・・・・・・という状況である」という農耕的な話を大切にしてほしい(P215)。

近年の採用コミュニケーションは、会社を、あたかも商品やサービスのように見立て、学生を「お客様」「消費者」のように扱ってしまっているように思う。ともに働く人になってほしいのに、どこかでボタンを掛け違えているように思う。
「あなたのやりたいことは、何ですか?」
という質問は、そのそごの最たるものなのだろう。この言葉が出てきた背景は、企業変革において、当事者意識を持って、主体的に行動してくれる人を求めたいが故に発せられた言葉だ。
それは、「Ask not what your country can do for you-ask what you can do for your country.」
あなたの国家があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたがあなたの国家のだめに何ができるかを問おうではないか」という、J.F.ケネディの大統領就任演説の一説に相通じるものだ。混迷するアメリカにおいて、国に依存するのではなく、それぞれが国のために何をなすのか、それを考えてほしい、と訴えたケネディの気持ちは、現在の企業経営者全員が従業員に対して抱く心情に重なる。
しかし、それがいつのまにか「やりたいこと」という、似ていながら抜本的に異なる意味合いを持った言葉に変質してしまった。ここから、企業と大学生のコミュニケーションは、おかしくなったように思う(P217)。
posted by 福田茂孝 at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 本のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする